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早速ありがとうございます

 投稿者:runaryuu  投稿日:2016年 1月31日(日)21時05分20秒
  まだ林道に一般車が入れたころ、一度だけ車で(大変な思いをしましたが・・・)近くを通った様です。今は歩いて行くしかありませんね(笑)
今じゃ考えられないことですね~
暖かくなったら父を連れて再訪できたらいいなあと思います。
ありがとうございました。
 
 

Re:昔世附~山中湖に行く途中に

 投稿者:y-k  投稿日:2016年 1月31日(日)14時20分18秒
  runaryuuさんへ

遅くなりましたが、調べてみました。
収容所の件は、何かの資料で読んだ記憶があり、自分でも場所を探していました。(西丹沢・旧水ノ木部落の研究2 その9 水ノ木部落現地調査の一部)
http://www.geocities.jp/yamanokoyk/mizunoki2.html

場所は、悪沢が世附川に合流するあたりです。三保山荘に向かう吊橋の上側(林道沿い)にある謎の建物(受刑者の製炭作業跡?)は、小さな部屋に分かれていますが、製炭作業を示す残物はありませんでした。

参考資料は、下記がありましたので読んでみてください。
資料によると、「横浜刑務所三保製炭作業所」と「小田原少年院の分院」となりますが、同一が二ヶ所かわかりません。
中野敬次郎さんの場所は、「後醍醐天皇の御陵があるといって騒がれた発掘地点の近くの好個の丘状地」とあり、この場所は、川の対岸で付近には確かに平坦地が沢山あります。


丹沢今昔  奥野幸道著

「丹沢今昔」余話から抜粋

『丹沢今昔』の連載に加えたいと思っていたが、当時、裏付ける資料がなく、紹介できなかったテーマが
一つあった。西丹沢で受刑者が炭焼きをしていた、という話である。
 丹沢で受刑者が炭を焼いていたといったら、多くの人が驚くだろう。本当の話である。義理の弟である柳下竹治が、こんなふうにぼやいていたことがある。「炭焼きの受刑者が逃亡した。また減俸されるなあ」。義弟は横浜刑務所(横浜市港南区)の管理部長だった。刑務所の幹部の話だから間違いはない。義弟は平成十五年一月、他界している。連載終了後、『横浜刑務所落成記念誌』(平成十二年三月)に次のような記述を見つけた。
「昭和二十年九月初め、横浜刑務所拘置監は戦犯等収容のため連合軍に接収され・・・対日講和条約の締結まで占領下での特異な状況が続いた」とし、「過剰拘禁の解消、不就労者の解消、食料・生活資材の自給等を目的とする構外作業が積極的に行われ、当所においても、昭和二十年代の始めから、泊込三個所(箱根農場、三保製炭作業所、浦賀漁労隊)、通役一個所の構外作業に受刑者を従事させた。・・・昭和三十年末までには全て廃止された」
 「三保製炭作業所」が丹沢の炭焼き場である。中川、世附、玄倉の三村が明治匹十二年に合併して三保村となり、三保村が山北町に合併したのは昭和三十年である。義弟の話から炭焼き場は世附にあったと思われる。『丹沢今昔』の取材で世附川をさかのぼった時、悪沢出合付近に、廃屋に近いそれらしい木造建築物をみつけ撮影したが、位置は特定できなかった。


かながわ風土記 58号 (S57.5)

箱根丹沢秘伝帖11 丹沢山に信玄伝説を追う 中野敬次郎(小田原市文化財保護委員)

(一)北条氏と丹沢資源の一部抜粋

太平洋戦争の直後に小田原少年院の分院が丹沢山中に一時置かれたことがあった。
揚所は西丹沢の世附奥の悪沢で、例の後醍醐天皇の御陵があるといって騒がれた発掘地点の近くの好個の丘状地であった。三保小学校の講演の依頼をうけて出かけたついでに、悪沢発掘の場所がその後どうなっているか、もう一度見たいと思って出かけて行ったら、そのところに少年院の分院があったので驚いて訪問したのである。
 折柄真夏の時で、大いに歓待をうけ少年達の作った大きな西瓜や黄瓜やトマトなどをふんだんに御馳走され、土製釜の風呂に入れてもらってそこに一泊したのは、今でも忘れられない思出であるが、その時監守の人の話しに、この奥の叢林中に鉱窟のあること、そして院を逃亡した少年がこの洞穴に1週間許りも隠れいたことなどを聞かされたが、北条時代の金坑でないかという話であった。


参考HP
丹沢を探る
丹沢だより440号  2007/4
丹沢の鉱山跡を探る 15  丸福さん
http://tanzawawosaguru.blogspot.jp/2009_10_21_archive.html

場所は、地元の方に聞くのが早いかもしれません。何かわかったらお知らせください。


 

お返事ありがとうございます

 投稿者:runaryuu  投稿日:2016年 1月31日(日)00時24分41秒
   まさにその能安寺が昔あったところのすぐ下におばあちゃん家がありました。以前はお寺の階段や墓地の所まで形が残っていました。昔は土葬だったので、お墓を掘り起こして(たぶん記憶によれば)河原で焼いて、新しい能安寺に運んだ記憶がある所です。
 今の地名はは寺の沢?ここから滝沿いに山を登るのもなかなか面白いです。
 三保の記念館で流れているビデオにはなくなったおばあちゃんが村を離れるときの様子が移っています。
 村を離れた人たちも高齢化によりいろいろ問題が起きたり、そのころ子供だった人たちに代が変わって・・・記憶は埋もれていく一方のようです。
 また時々お邪魔させていただきますね。
 

Re:昔世附~山中湖に行く途中に

 投稿者:y-k  投稿日:2016年 1月26日(火)22時12分45秒
  runaryuuさんへ

書き込みありがとうございます。
お父様の実家が世附部落とのこと、私はダムに沈む前の部落は写真でしか知りません。

数年前、今も続く能安寺で行われる「世附百万遍念仏」とその翌週山北岸地区で「浄め祓いの舞」を見学しました。
部落は沈み人は分かれてしまったが、今でも部落の絆は強く残っていると強く感じました。

収容所の件は、何かで読んだことがあります。少し時間をください、調べてみます。
 

世附~山中湖に行く途中に

 投稿者:runaryuu  投稿日:2016年 1月26日(火)13時34分25秒
  初めて書込みいたします。
 父が子供のころ世附の住人でした。私もダムに沈む前、ときどき預けられていたので懐かしく拝見しておりました。
 先日里帰りの際に昔の話をいろいろ聞いてきまして、またこちらのHpを拝見させていただきました。当時の住人達はあまり昔のことに興味がないようで、「聞かれたら答える」という感じでしたけど。
 その中で気になったのが、昔世附~山中湖に行く途中に横浜拘置所の収容所があって、たまに囚人が逃げ出したって騒ぎになるんだよ~という話がありました。廃墟・廃村の話は時々ネットで出てきますが、初めて聞いたのでびっくりしました。何かご存知のことがありましたら教えていただければ幸いです。
 

鳥瞰図師初三郎生誕130年

 投稿者:JM3GVH  投稿日:2015年 4月16日(木)17時58分22秒
  今年は、パノラマ鳥瞰図絵師 吉田初三郎の生誕130年にあたる。
273点の作品が閲覧できる京都府立資料館では記念展示会が、美濃加茂市 文化の森では4月18日~6月7日吉田初三郎作ライン下りは太田からの鳥瞰図ポスターと古井駅から下らねば片ラインの古井遊船事務所の案内パンフレットが展示される。HP 鳥瞰図に水道絵葉書博物館でも紹介。

http://homepage3.nifty.com/jm3gvh/

 

Re:宮ヶ瀬尾根

 投稿者:y-k  投稿日:2009年 7月20日(月)14時25分57秒
  M-Kさん

書き込みありがとうございます。
返事が遅くなり申し訳ありません。

kazesayaze2号で、紹介された「宮ヶ瀬尾根」は、
さすが「これぞ丹沢」、とても自然林が多く良い尾根でした。
kazesayaze1号で紹介された尾根も登りました。

3号の鬼石沢左岸尾根をそのうち登られて頂ます。
4・5号とこれらも楽しみにしております。
そして、本が出来ることも楽しみにしております。
 

宮ヶ瀬尾根

 投稿者:M-K  投稿日:2009年 7月13日(月)02時28分9秒
  yamanokoさん

久々のUPありがとうございます。お仕事、ご家庭とご多忙中・・頑張って下さい。

宮ヶ瀬尾根。この身近にあの楽しめるコース・・。確かに晩秋から早春のあいだに
歩きたいところですよね。

私のイカレタ山紀行は果てしなく続きます・・。コラボをいつでも呼びかけますので
身体の空いた時、またお出かけください。
 

Re:金山歩道

 投稿者:y-k  投稿日:2008年12月17日(水)18時02分46秒
  M-Kさん

大変ご無沙汰しております。
また、書き込みありがとうございます。
いつも、「俺の山紀行」は拝見しており、特に「ニカニカ集会」の楽しそうな
内容も拝見し、次回の集合場所「弥七沢ノ頭」は好きな場所ですので、ぜひ参加させて頂きます。

HPの更新が出来ませんが、基本の山は時間を見つけて歩いております。
最近は、大山北尾根・菰釣山・世附にも行きましたが、回数が減った分体重が増えこまっております。

最近、菰釣山の魅力を再発見いたしました。
「yamanoko」のテーマである「静かな山歩きに」にぴったりのブナ林が美しい場所で、もっと深く知りたいと山と思っております。

なかなか更新できませんが、年末年始の休みを利用して更新したいと思っております。
今後もよろしくお願いいたします。
 

金山歩道

 投稿者:M-K  投稿日:2008年12月16日(火)00時38分38秒
  YーKさん

ご無沙汰しております。

お仕事やご家庭の事もあり、山三昧とはいかずに苦しんで
おいでの事と御察し申し上げます。(~~);

このところHPに訪問するのをサボっておりました。
何気なく本日訪問し、新たな金山歩道の記述を読んだのです。

誠にご苦労様ではありました!
Y-Kさんの史実に関する拘りに感服するのであります。

例えば、「俺の山紀行」を読んで「おお、面白そうな
ルート取りだな・・」と思い、いくら歩かれてもそこには
史実の関わりは出て来ないのです・・。
yamanokoはそこが違うのです。3ヶ月に1本の山紀行であっても
内容の重みが違うのです。誠に素晴らしい・・!

また、完全武装でのダニとの対決。これもご立派であります。
また、カヤの中、笹ヤブの中、突進に次ぐ突進!お見事であります。

また行きたいなぁ・・と思っても、なかなか山伏峠の起点取り
には辛いものがあるのです。泣き言を並べるより又挑戦に
行かねばなりませんね。
 

Re残暑お見舞い申し上げます

 投稿者:yk  投稿日:2008年 8月17日(日)23時54分4秒
  M-Kさん

書込みありがとうございます。
先日は、突然お邪魔し申し訳ありませんでした。

帰りに頂いた、M-Kさんの畑で熟したトマトは、味が濃くとてもやわらかくおいしかったです。
山ノ神も、寒川農協で経営している「ワイワイ市」のトマトより、おいしいと喜んでおりました。

今年に入り山に行く回数が減っておりますが、「可愛い山」でも出来る限り行こうと思っております。
時々更新しますので見てください。

「俺の山紀行」アクセス10万件突破おめでとうございました。
当初は5千・1万でしたが、M-Kさんの日頃のご努力により、あっと言う間の10万件でした。
今後も「未知なる美尾根の発見」楽しみにしております。
 

残暑お見舞い申し上げます

 投稿者:M-K  投稿日:2008年 8月16日(土)21時24分45秒
  Y・Kさん

残暑お見舞い申し上げます。
この所の猛暑は正に異常でありますね。しかし5年後、10年後には35度は
当り前・・、40度も当り前とか・・。恐ろしい事になりそうですね。

先日はお立ち寄りいただき、ありがとうございました。元気なお顔が見れて
嬉しかったです。山ノ神さまにもよろしくお伝え下さい。

ままならぬ山行、仕方がありません。
誰しもそういう時期はあるものと思います。堪えて下さい。

久しぶりのUPを拝見し、ヤッタ!・・と思いました。
急ぐことはありません。3ヶ月、半年に一回でもいいのです。
「ヤメタ!・・」といわずに頑張って下さい。
 

TBS「徳光和夫の『逢いたい』」に出演します

 投稿者:HEYANEKOメール  投稿日:2008年 7月17日(木)22時08分23秒
  今度、TBS 徳光和夫の「逢いたい」というバラエティに、廃村関連の話で
出演することになりました。
TBSのオンエアは、7/31(木)に決まりました。
  http://www.tbs.co.jp/aitaisp/

放送は全国ネットではあるのですが、かなり抜けや遅れもあります。
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%85%89%E5%92%8C%E5%A4%AB%E3%81%AE%E6%84%9F%E5%8B%95%E5%86%8D%E4%BC%9A%22%E9%80%A2%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%84%22

東日本に強い番組のようです。

結構、面白くなるような予感がします(^_^.)
お暇がありましたら、是非見てみてください。

画像は、現地ロケのひとこまです。
 

廃村めぐり熱中人

 投稿者:yk  投稿日:2008年 2月 7日(木)10時06分24秒
編集済
  HEYANEKOさん

NHK-BS「廃村めぐり熱中人」楽しく拝見いたしました。

西丹沢の地蔵平や水ノ木部落で、調べたことを、
全国的に調べておられるのが、HEYANEKOさんであることを
改めて認識をした次第です。(今頃わかった)

私も廃村熱中人になれる素材は、持っているようです。
他にも、「ヤブ尾根・熱中人」や「峠・熱中人」等、その要素を持っておれる方を知っております。

現地で生活の跡を発見し、いろいろ想像し仮説を考えることは楽しいことです。

地蔵平と同じような、林業の衰退と共に廃村となった部落が全国に沢山あったことも知りました。

「古い時代の歴史は残るが、20~30年前の歴史は残らない」とのコメントがあり、私もそのように感じました。
また、出版社である「風人社」の社主も同じことをおっしゃっておられました。

私は、西丹沢世附の地域限定ですが、廃村部落のことをもっと深く調べて、残したいと思います。

廃村めぐり熱中人の全県制覇、そして、益々のご発展をお祈りしております。
 

三国山

 投稿者:yk  投稿日:2008年 1月27日(日)22時21分15秒
  三国山

1月26日(土)

籠坂峠から三国山~鉄砲木ノ頭~切通峠まで歩いてきました。
さらさらの雪が沢山あって、丹沢でも十分雪山を楽しむことが出来ました。
また、山中湖が凍結していました。
 

NHK-BS「熱中時間」に出演します

 投稿者:HEYANEKOメール  投稿日:2008年 1月27日(日)18時26分42秒
  お久しぶりです。お元気でしょうか。 >みなさま

さて、このたびNHK-BS「熱中時間」に「廃村めぐり熱中人」として出演することに
なりましたので、お知らせいたします。
#URLは下記をご参照ください。

廃村めぐり熱中人(=HEYANEKO)、BS2では2月3日(日)夜9時20分頃から
25分間のドキュメントとして紹介されます。
どんな感じで出来上がるか、私も楽しみです(^_^.)

今年もどうぞよろしくです。

http://www.nhk.or.jp/nj/

 

Re:金山歩道周回

 投稿者:yk  投稿日:2008年 1月20日(日)23時41分51秒
  M-kさんへ

書込みありがとうございます。
また、いつもお世話になっております。

白馬尾根(V尾根&魔法のロープ)拝読いたしました。
マシラさんが格闘した熊がいる、早戸川流域へ出かけたとは驚きです。
やはり、熊の爪あともあったとのこと。

でも、ラジオ・大型熊鈴3個、ホィスルがあれば完璧ですね?
万一、熊が襲って来ても、ピッケルと手鍵の二刀流であれば、熊も逃げてしまいますね。
マジで、私は熊退治スプレーの購入を検討しました。

ぎっくり腰で、山はご無沙汰しておりますが、復帰第1戦は、
クラブの仲間と籠坂峠から、三国山、高指山、平野部落に下りて、石割の湯に寄って、
新年会のまねをして帰る予定です。
 

Re:世附歩道

 投稿者:yk  投稿日:2008年 1月18日(金)00時41分17秒
編集済
  dnさんへ

書込みや世附山の情報ありがとうございます。12月上旬の記録がやっとUP出来ました。

世附山の旧経路を精力的に歩いているdnさんのHPは、私にとって大変参考になっており、また、いつも確かな情報を頂き、そのおかげで安心して山を歩いております。

第1歩道は、dnさんの書き込みどうりでした。それに比べ第2歩道は、はっきりした道に感激しました。
金山沢の製材所跡は、すぐそれとわかる残骸が散乱しておりました。

山中湖の平野部落の人達が、金山沢に行く場合は、馬印を回るより金山峠を越えた方が早いと思われますが、dnさんはどのように感じましたか?

山伏歩道では、私も金山沢に下るはっきりした道を見ましたので次回は下ってみます。

西丸の直下は、緩やかに道が付いており、馬を引いて通行したようにも思われました。

金山沢から道志村に抜ける、ビリ沢歩道は、世附山屈指のヤブ尾根とのこと、挑戦する場合は、心して取付かなければなりませんね。

菰釣山と畦ヶ丸との間も歩いて見たいと思っておりますが、この周辺もdnさんの記録を拝見すると、やはりヤブが深いようですね。
何時かは、菰釣山南東尾根も課題としております。

今後、「ドブ鼠徘徊記」参考にされていただきます。
 

金山歩道周回

 投稿者:M-K  投稿日:2008年 1月17日(木)02時07分4秒
編集済
  Y-Kさん

検証誠にお疲れ様でした!
茅を漕ぎ、笹を漕ぎ・・何の因果でこれをやっているのでしょうか?(~~);

イヤ大半は己のことを嘲り笑っているのです!
また私も行かせてもらいます・・。

明日は本谷沢辺りを徘徊し「さがしもの~は、なんですか?♪」で
長~いトラロープとやらを探しにいってきます。
(ドジな私に見つかるわけナイッス!)(^^)/~
 

世附の歩道

 投稿者:dn  投稿日:2008年 1月15日(火)22時38分1秒
  Y-Kさん

金山第一歩道 06/01/27に下降しましたが下部は茅で全く不明になりました。
金山第二歩道 整備されていました、石積み堰堤の上を通ったりと古い径路を感じました。

山伏歩道 私も以前に地形図の径を捜しましたがやはり不明で適当に取り付きました。
     02/05/03の下降では尾根上の・1004への踏跡よりはっきりした径路が
     右にあったので下りました(もちろん林班図は未知でした)。
     ジグザグを繰り返してエアリアのビリ沢の一本上手の沢に出ました
     840m左岸からの涸れ沢との出合です、ここからは踏跡は無く
     堰堤を左岸巻いて金山沢の最終堰堤の上に出ます(800m)。

ビリ沢歩道 上部は丹沢を再開してから約3年の中でも屈指の笹藪です。

荷干径路 林班図では歩道名が今ひとつ不明ですが、昨日一部たどる事が出来ました。

世附の考証が進展されると良いです、今年もよろしくお願いいたします。
 

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