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恥ずかしながら言いだしっぺなので書きます!

 投稿者:金子良昭(15回生)  投稿日:2014年 7月17日(木)13時00分5秒
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  1978年4月、一浪してようやく入学できた早稲田大学第一文学部。
残念ながら文学部キャンパスには憧れていた早稲田らしさはどこにも無くて、早々に落ちこぼれてしまいました。
一体、自分は何を求めて早稲田に入ったのか・・・・。底なしの喪失感に目の前が真っ暗になったのを記憶しています。

無為に過ごす大学生活に焦る毎日、なべの会を知ったのは学生の会発行の小冊子だったか?その時は不思議なサークル名だなぁと思い、大して期待もせずに7号館ロビーに立ち寄ったのです。
当時は部室なんて洒落たものはなく、薄暗い7号館の4階のロビーにどこから持ってきたのか分からないソファやテーブルを置いて不法占拠していたんです。

広報幹事の工藤さん(13回生)からサークルの説明を聞きながら、「すげー。この人、ヒゲ生やしてる・・・さすが早稲田大学だ」と思いました。
そこにのっそり現れたのは当時5班の班長だった坂本さん(13回生)です。茨城弁のカントリーボーイの登場には感動しました。もう、これこそが早稲田の学生だ!と思いましたね(笑)
なべの会に入会して素晴らしい先輩たちと出会った事で、ようやく私は早稲田大学に入った意味と居場所を発見したのです。本当に嬉しかったな。

初めて参加した班活動は高尾山だったか?ひたすら天ぷらを揚げてました。
活動の後は新宿の小田急ハルクの屋上ビヤガーデンに直行。4月はまだ寒いのでビールが飲み放題。他の班の先輩や同期を紹介され、がたがた震えながらビールを飲んだなぁ。

5班のサブは河原さん(14回生)、私の一つ上の代は人数が多く80名以上いて、賑やかでした。14回生の先輩は山が好きな人が多くて、前期のゼミ活動で芳賀さんや小池さん、伊野さんに平標山に連れて行っていただいたのが、山に登り始めるきっかけになりました。

5班の同期は女鹿野(めがの)君、結城さん、表さんと私の4名。
残念ながら女鹿野君は途中で退会してしまったので、結局5班の同期は3名になってしまいました。
毎日、さかえ通りで飲んで騒いで、騒いで飲んで。新歓合宿は奥多摩キャンプ場、
ポリタン(ポリエチレン製の水筒)を男女かまわず回し飲むのは驚きました。「げげっ間接キスか・・・・」すぐ慣れてしまいましたが。

新歓合宿後には授業にも出ずに早慶戦の泊まり込み。
テントや寝袋、ホエブスを持ち込んで何日泊った事か。

当時、私は横浜の自宅から通学していたのですが、終電を乗り過ごしては先輩の下宿や深夜喫茶を泊り歩いていまして、結局、南門の近く、「キッチン南海」の向かいに下宿する事にしました。大家さんの二階が下宿で、三畳一間に共同便所、共同の炊事場、西日が照りつける部屋でした。今でも覚えていますが家賃は月六千円(笑)今考えると、よくエアコンも無く生きてたなぁ。
門限は午後11時だったと記憶していますが、外から簡単に解錠できるため、終電が出た後、毎日のように先輩や同期が下宿に泊りに来ていて、本当に大家さんには迷惑をかけてしまいました・・・m(__)m
プライバシーのかけらも無いような下宿生活。でも楽しかったなぁ。

【つづく】

http://www.nabenokai.net

 
 
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